고려 때 지은 강화중성 남산리 구간서 성벽·등성시설 확인
송고시간 | 2019-10-23 11:01
몽골에 맞서 수도 천도 후 건립…남산 남사면 일대 성곽 조사
< Excavation Site >
국립강화문화재연구소가 강화중성을 판 모양이다.
이 강화중성은 강화읍 일대를 ‘⊂’ 형태로 둘러친 총길이 11.39㎞ 토성으로, 이번에 발굴조사를 실시한 곳은 강화군 강화읍 남산리 산69번지 일원이다. 이곳을 째서 성벽 축조 양상과 구조를 들여다 보았다 한다.
그 결과 애초 목표한 성벽 축조방식을 엿보는 자료를 확보했으며 등성 시설로 추정되는 계단 시설도 찾아냈다고 한다.
등성登城이란 글자 그대로 성 안에서 성벽 위나 성문 문루 등 높은 곳으로 올라가로독 만든 계단과 같은 시설을 말한다.
'고려 대몽항쟁 상징' 강화중성서 성벽·등성시설 확인(종합)
송고시간 | 2019-10-23 11:57
몽골에 맞서 수도 천도 후 건립…남산 남사면 일대 성곽 조사
「高麗對蒙抗爭象徴」江華中城で城壁・登城施設の確認(総合)
送稿時間| 2019-10-23 11:57
蒙古に対抗首都遷都後の建設...南山一帶城廓調査
(ソウル=聯合ニュース)ジョンアと記者=高麗が蒙古の侵略に対抗して首都を江華に移した後、造成した江華中城で城壁と登城施設が確認された。登城施設は城の中で城壁の上や城門文樓に登ることができようにする施設である。
文化財廳國立江華文化財硏究所は、6月から江華中城西の方に該当する南山南斜面一帶城を調査した結果、山斜面區間で城壁の新しい築造方式と登城施設と推定される階段施設を確認した23日明らかにした。
「高麗史」など記錄を見ると、高麗は蒙古2次侵入直前の1232年(高宗19年)6月に開京から江華に都邑を移し外城、內城に続き、1250年中城を築造した。
江華中城の周囲は2千960間で、大小の城門17個を置いた。今日残っている江華中城は江華邑を「⊂」形態で囲まれ、長さは11.39㎞ほどである。
今回の調査で城壁は土城中心部に基礎石列を積んで内側に土を何枚も重ね固めた後、眼科しか土をパッドを入れ完成したものと把握された。残り城廓中心部の幅は、4.7〜5m、高さは2.2m、城全体の幅は13~14mである。
石列は傾斜面に沿ってカンタンずつ高くなったり、あるいは傾斜させ造成された。土城中心の石列を階段式に造成した形は、江華中城では、最初に確認された。これは區間に基づいて築造方式を異にしたことを示している。
調査區域最上壇部では、城の内部で城壁上部に上がるように階段状にされた登城施設が初めて発見された。土城中心部にイッデオ城廓の内側に幅3.8mで積んだ登城施設は長い石6段以上の組成された。
文化財廳は、「今回の調査は、江華中城のさまざまな築造方法と城廓に附設された施設物を新たに確認したということに意味がある」とし「高麗城廓硏究と遺迹の整備・復原基礎資料となるだろう」と説明した。
airan@yna.co.kr
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